
その公園の池の周りには静かな木道があり、近所に住む人々にとって心地よい散歩道となっています。週末やお休みの日の午後になると、近郊から訪れる若いカップルや家族連れでにぎわいます。周辺は様々な木々が覆いかぶさるように生い茂り、鷺(サギ)やカワセミといった野鳥の姿を追って、本格的なカメラを構える人の姿も少なくありません。
今回は、以前にも描いたことのあるそんな思い出深い公園の木道を中心に、新たなアプローチで描いてみることにしました。
恩師のアドバイスと、あえて挑む「実験」
かつて友人が主催するデザイン会社に勤めていた頃、友人でありデザインの師でもある彼からデジタルデザインのイロハを教えてもらいました。そのときもらった言葉があります。
「形をいじっているうちに偶然こうなった、ではなく『このように描きたい』という明確なイメージのビジョンを持って作成した方が良い」
自分で言うのもなんですが、その教えを意識するようになってから、私の仕事と表現は飛躍的な進化をとげました。
これまでずっとそのアドバイスを胸に制作を進めてきましたが、今回はあえて、ハッキリした完成ビジョンを決めないまま「とにかく描いてみよう」と描き始めてみることにしました。ビジョンを持たずにキャンバスに向かうことで、かえって自分の新しいスタイルや表現の課題が見えてくるのではないか――そんな予感と実験精神を抱いてのスタートです。
アタリから大まかな「緑の塊」を配置する
いつものようにInkscape 1.0を立ち上げ、新規画面でA2サイズの縦を設定します。ペンの形をした「カリグラフィツール」を選び、ベージュの細い線で全体のアタリ(下描き)をとっていきます。このアタリレイヤーは常に最上部に配置し、その下に重ねた複数のレイヤーへ色を置いていきます。

上の画像は、アタリの線に沿ってグランドライン(地平線・地面の基準線)より上の緑の大きな塊を、明暗に分けて大まかに塗り分けた状態です。
さらに新規レイヤーを作成し、中間の緑色を重ねていきます。この時点では、まるで訳のわからない抽象画のようです。池の周りに覆いかぶさる木々の複雑な重なり(マッス/塊)をどう捉えて描くべきか悩みますが、まずは細かいことを気にせず手を動かしていきます。

グランドラインより上の木々の緑が大体配置できたら、次は木道や手摺(てすり)へと着手します。現実に近い木の色であるブラウンを中心に色を置いていき、あわせて池の淵に生い茂る水辺の草むらにも緑を足していきます。
タッチと光の加減で奥行きを生み出す

全体がだいぶ色で埋まってきました。次に、画面左側の水面に映り込んだ青空、木漏れ日、そして生い茂る葉の緑を描き込んでいきます。後から色の重ね塗りや修正がしやすいよう、あらかじめ計算して色ごとにレイヤーを分けておくのがコツです。

木道まで描き進めると、画面全体に色が乗ってきました。ここから徐々に細部の描写へと入っていきます。
木道や手摺にこぼれ落ちる光を明るいベージュで表現し、木の幹を描きつつ、葉の描写にも少しずつ細かい色彩を足していきます。木道の手前から奥に向かって、描くタッチの大きさを「大から小へ」と意識して変化させることで奥行きを出します。水面に揺れる木漏れ日には横方向のタッチを意識し、ベンチや樹幹の光が当たる部分にも明るい色を置いていきます。
画面を変えた「存在しない濃いブルー」の影

全体的な形は見えてきましたが、ふと俯瞰してみると、どこか迫力に欠けるおとなしい絵になっている気がしました。そこで思い切って、木道や手摺の影になっている部分に、現実には存在しない「濃いブルー」を塗ってみることにしました。

すると、現実の風景からほんの少し離れた幻想的な雰囲気とともに、明と暗のコントラストが劇的に際立ち始めました。
この感覚をヒントに、木の幹や重なり合う葉の影にも濃い青を配置。さらに、葉をかすめる光には黄に近い明るい色を差していくことで、画面全体に美しいメリハリとドラマチックな表情が生まれていきました。
試行錯誤の果てにたどり着いた表現

もちろん、実際の木々の重なりや影の青をどこに配置すべきか、明確な正解があるわけではありません。アタリを表示・非表示に切り替えながら、明暗のバランス、点の大小、青い影の位置、緑の境界線の描き方を何度も試行錯誤しました。レイヤーを行き来しながら描いては消し、消しては描き……半ば無意識のうちに筆を動かす感覚でした。
「今の自分にできる限りの手を入れた」と感じたところで、静かに筆を置くことにしました。そうして完成したのが、以下の作品です。

今回の作品は、現実の風景でありながら、ほんの少しフィクションを孕んだような詩的な仕上がりになりました。影に差した濃い青が印象派のような光と影の表情を生みだし、明暗のコントラストによってドラマチックな世界観を表現できたと感じています。
構図的な遠近感は出ていますが、遠くの風景が霞んで見える「空気遠近法」の表現には課題が残りました。ここをマスターできれば、さらに深度のあるグラフィック・イラストレーションになるはずです。現実の豊かな木々の重なりをいかに「マッス(塊)」として捉え、光と影に昇華させるか――これらを今後の大きなテーマにしたいと思います。
まとめ:あえてビジョンを持たずに描く面白さ
いかがでしたでしょうか。
今回は「ビジョンを持たずに、まず描いてみる」という、恩師の教えとは真逆の実験的なアプローチをとりました。しかしその結果、自分の中の新しい表現手法や、次に目指すべき課題がくっきりと見えてきました。
今回も使用したツールは、フリーのベクターグラフィックソフト「Inkscape 1.0」のカリグラフィツールとレイヤー機能のみです。特別なテクニックがなくても、身近な風景や思い出の場所を自分らしく表現することができます。
みなさんもぜひ、思いのままにキャンバスへ色を乗せてみませんか?
作品への感想やアドバイス、普段お使いのツールや描き方についてのコメントなどもお待ちしております。
それでは、また次回の記事でお会いしましょう。

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