はじめに:人物画の葛藤を越えて、夏の光と影に出会う
夏真っ盛り。半日の仕事を終え、気温が30度を超える強い日差しの中を自転車で家路へと急ぐ途中でした。
ふと、何の変哲もない緑地公園の小さな道に足を踏み入れた瞬間、むっとするような強い「草いきれ」に全身がつつまれました。視界いっぱいに広がる鮮やかな緑。どこか力強く、圧倒的な夏の生命力です。
ここ最近、私は新しい表現スタイルを模索しながら、のたうち回るようにして人物画を描き続けていました。意識と身体のズレと戦うような濃密な時間から少し離れ、「夏らしい風景を自由に描きたい」と願っていた矢先の出会いでした。今回は息抜きと遊び心を兼ねて、この夏のひとときをイラストレーション風に描いてみることにします。
今回の作品は、デジタル画面の中だけで終わらせるつもりはありません。将来的にプリントアウトし、額に入れて部屋に飾れるよう、フォーマットはA2横サイズ・300dpiの高解像度に設定してスタートします。

ステップ1:キャンバスの準備と、全体を導く「あたり」
いつものように「Inkscape 1.0」を起動し、新規画面のページサイズを「A2(横)」、解像度を300dpiに設定します。
まずは、画面全体の下絵となる「あたり」をベージュの細い線で描いていきます。この「あたりレイヤー」は常にレイヤー構造の最上部に配置し、その下に重ねるレイヤーで彩色を進めていくのが私の基本スタイルです。
描画の基本は「遠景 → 中景 → 近景」という順番です。まずは一番奥に位置する空から描き始めましょう。ツールは「ペンツール」を選択し、サイズを約20に設定します。濃い水色、薄い水色を敷き詰め、その上に真っ白な夏の雲を浮かべていきます。

ステップ2:遠景の木々と「白い隙間」の美学
空のレイヤーの上に、新しいレイヤーを作成します。ここでは遠景の木々が織りなす「濃い陰の緑」を、同じくペンツールの20サイズ程度のタッチで描いていきます。
ここで大切なのは、あまり細かく描き込みすぎないこと。葉の一枚一枚ではなく「緑の大きなマッス(塊)」として捉えるのがコツです(少し大雑把に描くほうが楽でもあります)。
また、今回の表現における最大の試みは「タッチとタッチの間に生まれる白い隙間を、あえて残す」ということです。完璧に塗りつぶさず、余白の白をイラスト特有の抜け感として生かします。濃い緑の下地を置いたあと、明るい緑のタッチを乗せることで、木々の立体感を表現していく計画です。合わせて、地面との境界線になる陰のラインも描き込んでおきます。

ステップ3:光の方向と葉の「動き」を意識する
続いて、画面右側に広がる木々の陰影をどんどん描いていきます。意識は徐々に遠景から近景へと移っていきますが、ペンツールのサイズはまだ同じ大きさをキープします。
ここで気をつけたいのは「タッチの向き」です。葉っぱが生え揃う方向や風の動きを意識しながら、斜めや縦へとストロークを加えていきます。タッチそのものが、そのまま絵のリズムになっていきます。

ステップ4:光を乗せ、木々の重なりを表現する
地面より上の暗い影部分が大体描けたら、その上に新しいレイヤーを追加します。ここには、真夏の光をいっぱいに浴びた明るい葉の色や、中間のトーンを重ねていきます。
遠景、中景、近景がそれぞれ自然な奥行きを持つように、色の塊(マッス)としてのバランスを取りながらタッチを置くのがポイントです。

さらに右側の木々にも明るい部分を描き加えていきます。光と影が交互に重なり合うことで木々の奥行きが生まれ、葉のタッチの向きによって、画面全体にさわやかな躍動感が出てきました。

ステップ5:中景のモチーフとフェンスを描く
ここで、画面左側に位置するフェンスを描き込んでおきます。

次に、地面より手前(左側)にある中景の木を描きます。ここでもまだペンツールのサイズは変えず、同じ大きさのタッチでテンポよく描き進めていきます。

ステップ6:グランドラインから手前へ──遠近感を生むタッチの変容
ここからは、グランドライン(地平・水平の境界)から手前の地面を描いていきます。
これまではペンツールのサイズを20前後に固定して描いてきましたが、ここからは「空気感と遠近感」を表現するためにタッチの大きさに変化をつけます。奥から手前に向かうにつれて、小さなタッチから大きなタッチへ段階的に拡大していくのです。
まず、グランドライン近くの強く光が当たっている部分を、横方向の細かいタッチで繊細に描きます。そして、その手前に茂る草を、少し大きめのタッチで重ねていきます。

手前に進むにつれてタッチをさらに大きくし、太陽の光が当たる「明」と、草陰になる「暗」をダイナミックに描き分けていきます。

ステップ7:仕上げと細部の調整
全体がかなり組み上がってきました。ここで最上部にあった「あたりレイヤー」を非表示にして、絵全体のバランスを確認します。
仕上げとして、中景の木々の幹を描き込みます。また、木の幹や葉の隙間から覗く奥の空間をグレーのタッチで補い、空気感を調整します。最後に、キャンバスの外枠にはみ出た色を覆うための「白い四角形(フレーム)」を作成して重ねれば、完成です。

おわりに:完成図と制作を振り返って
完成した作品がこちらです。

今回の制作では、色と色の隙間に残る「白い余白」を隠すのではなく、絵の魅力的な要素(イラストレーション風の表現)としてそのまま活かしてみました。太めのペンツールで大胆に残したタッチの向きとリズムが、画面全体に心地よい夏の風を吹かせてくれたように思います。
振り返ってみると、「もう少し暑苦しいくらいの濃密な緑にしても面白かったかな」という欲も湧いてきますが、模索の最中に訪れた清涼剤のような楽しい制作となりました。
技法としては、難しい機能や複雑なフィルターは一切使っていません。基本の「ペンツール」だけで色とタッチを重ねていくだけですので、初心者の方や「デジタルで絵を描いてみたい」という方でも簡単に挑戦できます。
デジタルイラストを描く楽しさ、そしてプリントして飾る楽しさを、少しでも感じていただけたら嬉しいです。
皆さんはこの夏、どんな風景に出会いましたか?
感想やご質問など、ぜひコメント欄に残していただけると大変励みになります。
それでは、また次の記事でお会いしましょう!

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